2016年7月23日土曜日

言葉をもたない

わたしたちの中にいる自分は、言葉をもたない自分です。
あるいは、言葉に表すことのできない自分です。
そうした無言の自分を、どんな言葉よりも雄弁に、もっとも的確に、もっともよく語ってくれるような親しい物、なじんだ物、懐かしい物、そうした物が何か。
それがその人の、その人らしさそのものを顕わすものであるということ。
ちょうど、死者があとに遺す形見とよばれるものが、その人のその人らしさを宿す物、その人の記憶をとどめる物であるように。

砂粒

海を見にゆく。
それは、わたしには、秘密の言葉のように親しい言葉であり、秘密の行為のように親しい行為だった。
何をしにゆくわけでもなく、ただ海を見にゆくということにすぎなかったが、海からの帰りには、人生にはどんな形容詞もいらないというごく平凡な真実が、靴のなかにのこる砂粒のように、胸にのこった。